今、韓国・日本民衆の「下からの国際連帯」が必要な理由

今、韓国・日本民衆の「下からの国際連帯」が必要な理由

2021년 11월 1일

[LANG·語言 🌐]⽇本語국제주의, 동아시아, 일본, 日文

この文は日本の新左翼系季刊『情況』の依頼で作成されました。

はじめに

昨今、韓国と日本の市民めた民族主義的な反感は、両国の社会全般の危険を同時 に傍証している。日本の場合、安倍―菅執権期自民党政 権が歴史修正主義の政治勢力化を拡大し、これは社会運 動が長期間沈滞している状況で民主主義の後退を招いた。最近では菅首相の失政に対する否定的な 世論が高まり、首相の交代を目前に控えている状況だが、 代替勢力の沈滞は続いている。

韓国の場合は朴槿惠政権は対米・対日関係で常に追 従的な態度だけを繰り返しているという大衆の認識を強 化し、このことは朴槿惠前大統領に対する反感を増幅し た。だがこれらの政治危機と大規模なデモから出発した文在 寅政権は、対日関係をポピュリスム的メカニズムとして 活用するだけで、これが両国の国民感情に対し長期的に 及ぼす影響については考慮できなかった。その結果、両 国の政府は相変わらず平行線を辿り、両国民の相手国に 対する反感は高まって、市民社会運動もこれといった実 践を導出できなかった。両国の世論は、概して支配エリー トに対する反感は高いが、代替案も浮上していない状況 である。

私はこの記事で、両国社会運動の連帯がなぜ重要な 問題なのか、さまざまな努力にも関わらず不足していた 点は何だったか、また、これからの韓国・日本の連帯を なぜ「東アジア国際連帯」という地平で扱うべきなのか について論じていきたい。これは、活動家としての反省 文でもある。なぜなら、この数年間、両国民の否定的な 感情が漸増する状況でも、私たちの実践は著しく足りな かったからだ。

2010年、中国広東省南海区本田自動車工場の労働者たちによるストライキ。「世界の工場」で働く、 中国の若い農民工の抵抗の始まりを告げる象徴的な写真。
2010年、中国広東省南海区本田自動車工場の労働者たちによるストライキ。「世界の工場」で働く、 中国の若い農民工の抵抗の始まりを告げる象徴的な写真。

グローバル金融危機以降の東アジア情勢

二〇〇八年、アメリカ発の金融危機は、急速に全世界 の資本主義システムへと広がった。世界各地でドル不足 が起き、ヨーロッパではユーロ安による財政危機、ラテ ンアメリカなど他の地域でも深刻な景気後退を経験した。 東アジアももちろん危機を経験したが、一般的には速や かな回復に成功したと評価されている。

一九八〇‐九〇年代の改革開放を通じて世界資本主義 市場に統合された中国は、急速な成長によって東アジア 地域主義を推進した。まもなくベトナムなど東南アジア も「世界の工場」の列に加わった。一九八〇年代、一九 九〇年代以降の日本・韓国資本は、東南アジアの開発途 上国で価値連鎖に組織し、特に製造業を中心に、積極的 に海外投資を増やした。これらの成果により、一時、東 アジアの発展モデルは「代替資本主義型」として注目さ れた。東アジアの文化的なアイデンティティを強調して きた人々は、「東アジアには東アジアだけのアイデンティ ティがある」という前提に基づいて「東洋的な価値」の 復権を願った。李光耀的な儒敎資本主義論・アジア価値 論が台頭し、これは企業文化を家父長制的に構成し、勤 勉への礼賛により労働力を極度に搾取してきたことに免罪符を与えた。

東アジアの製造業が急激な成長を経験したのは、アメ リカの消費市場が持続的に成長したおかげである。アメ リカは貿易赤字・財政赤字・家計債務によってこのメカ ニズムを維持することができた。しかし逆説的に、この ような矛盾が危機を招き、世界経済の不安定性は解消さ れなかった。

近年、東アジアの比較的安定していた雇用は、 激しい新自由主義改革により崩壊している。日本と韓国 はもちろん、中国・ベトナムなどの社会主義圏も同じ状 況に陥っている。二〇一〇年の南海本田ストライキ(南 海本田罷工事件)以降、中国東南府広東省、浙江省、福 建省一帯では労働争議が急激に増え、一方では労働者運 動の成長と、これに対する当局の激しい弾圧につながっ た。同時に、海外資本が中国西部内陸や東南アジアなど に流れていく状況を生み、数億人の農民工たちが仕事を 失い、再び故郷に戻っている。ベトナムは、なお高成長 が期待される新興国ではあるが、三十歳を超えると就職 が難しくなるなどの問題を抱えている。

東アジアは、資本の流動性を妨げる装置を解体してし まい、グローバル金融危機に脆弱である。そのため、東アジアの国々は外貨準備高を莫大な水準に増やしている が、それは実際には、安定性の象徴というよりは、それ だけアメリカ経済に依存しているということの傍証であ る。アメリカ経済の危機とともに東アジアの国たちが受 ける衝撃は相当なものにならざるを得ない。危機がさま ざまな形で内面化され、東アジアに及ぼす影響となる場 合、深刻な大変動を招きうる。

東アジアには、軍事的緊張や対立という脅威も存在し ている。中国は、分断された台湾、一国二制度という矛 盾状態に置かれた香港市民社会との葛藤を経験しており、 また南シナ海紛争などの問題を抱えている。日本は、ア メリカの利益に貢献する一方、歴史的葛藤を隠蔽し、右 傾化を強化して、東アジアの平和を脅かすもう一つの軸 として機能している。さらに、朝鮮半島は相変わらず停 戦状態から先鋭的な軍事対立を数十年間繰り返している。 こういう不安定性や非対称性は東アジアの将来のバラ色 の展望を困難にさせている。

それでは、東アジアは墜落する資本主義を救済する 一縷の望みとなりうるか? それとも、結局は中東を圧 倒する火薬庫となるのか? 朝鮮半島と日本で継続する 景気後退や漸増する東アジアの戦争危機にもかかわらず、 世界の資本主義体制は中国を始めとする東アジアを中心に再編されるのか? そうでないならば、今日の東アジ アはどのように規定されるべきなのか? そして、韓国 と日本での社会運動の役割は何か?

東アジアの不安定性

世界資本主義が向き合っている危機は、単なるアメ リカのヘゲモニーの危機というだけではない。今日、東 アジアの経済構造の成長は、資本主義の新たな成長を意 味しなくなりつつある。むしろ、西欧に立ち向かう東ア ジア経済の相対的な上昇は、膨張の限界に直面している。 中国の経済成長が、新たなモデルにも蓄積体制にも基づ いたものでないからだ。低賃金・人民元の切り下げをも とにした輸出志向の工業化を極端な形で繰り返し、資本 主義世界システムへの統合を深化させただけであった。

中国の主要産業が海外資本と技術に依存している点は、経済の潜在力というよりは持続可能性を脅す脆弱性の兆 候だ。中国共産党はこの問題を乗り越えるために、内部では「和諧社会」や「双循環」経済政策、外では一帯一 路プロジェクトを絶えず推し進めているが、簡単に成否 を判断するのは難しい。中国は都市と農村の間の不均衡 を克服することができず、バブルと労働搾取、不平等は 深化してしまった。最近、中国共産党が「協同富裕」や大手IT企業に対する制裁などを強力に推進しているの はそのためだ。

人員整理の急増や労働の不安定化も危機の様相の一 つだ。中国・ベトナムでは未組織労働者の争議が頻繁に発生したが、いまだ高度に組織的な形への発展はできなかった。この矛盾を組織化できる実践が伴わなければ、民族国家を境界とした階級内の敵対だけが深化する可能性がある。

今日の東アジアは、近隣国家間の連帯意識が不在で あり、歴史的な葛藤が急激に累積されている。グローバ ル生産ネットワークによる雇用の変動によって、各国の 労働者たちは階級的な利害関係よりは国家という認識の 枠組みとして危機を受け入れている。北東アジアでは移 民労働者の流入が急増していることに伴い、移民に対す る嫌悪情緒も高まっている。このような状況の中で、西 欧社会が直面している人種主義や極端な民族主義、極右 ポピュリスムの跋扈を危惧せざるを得ない。したがって、 私たちは「東アジアとは何か」を大衆的に認識し、他国 の労働者たちに対する理解の幅を拡張しながら、国境と 民族・宗教を超えて労働者たちが直面している抑圧と矛 盾がお互いに異なっていないことを理解する必要がある。 そのようにして、社会運動の次元での連帯が可能になり、代替システムを構想することができる。

東アジアという地域のイメージは固定されていない。 北東アジア、東洋、アジア太平洋などさまざまな地域名 が区別して使われ、ここには、それぞれ異なる利害関係 が関わっている。例えば「ASEAN+3(韓国・中国・ 日本)」を超えた東アジア経済共同体構想とアジア太平 洋経済協力会議(APEC)構想の間の衝突で、日本と 中国はそれぞれの利害関係を持っていた。日本はアメリ カの参加を要求し、中国は東アジア構想へのアメリカの 関与を望まなかった。また、韓国政府の「東アジア」構 想には自国中心の欲望が見え、普遍性を持っているよう には判断し難く、東西南北に広大な領土を持っている中 国は中国自身を「東アジア国家」として規定することは できない。そのため、「東アジア」は、単に地域範囲を 指示する概念として読み取ることはできない。

歴史的に、東アジア言説は限界を抱えている。例えば 私たちは「大東亜共栄圏」という恐ろしい記憶に対する 評価から目を背けることはできない。だからこそ、それ ぞれのオプションへの批判や擁護を経たとしても、代替 システムを提案することは難しい。東アジア文化という ことに果たして実体があるのかも疑問だ。各国の社会・ 文化は非常に異なる側面が多く、一つの実体として描写することはできない。文化は固定不変な実体ではなく、 時代的な環境や社会的文脈の中で変化を繰り返している からだ。東アジアは、固定された境界や構造をもってい る実体ではなく、地域を構成している主体の行為に応じ て流動する歴史的な空間である。

それにもかかわらず、なぜ「東アジア」を思考しない といけないのか? なにより、私たちが位置している政 治・経済・国際情勢的な現実を指標する単語がそれしか ないからだ。だから、東アジアの連帯を実践的に表すた めに、東アジアの民衆の人生や社会の変革への可能性が 可視化されなければならない。民族や伝統文化のような 同質性に頼らずに、「現実」の矛盾に注目して代案を模 索しなければならない。それはほかでもなく、①東アジ アの民衆が向き合っている戦争の危機②サムスン、L G、ホンダなどグローバル資本による労働搾取、そして ③気候の危機だと思われる。この矛盾の中で両国の民衆 は国籍とは関係なく一つであり、同じ利害関係を持つ。 ベトナム労働者の激しい労働強度は韓国の非正規職労働 者が向き合う現実と変わらない。何十年間米軍基地撤収 闘争を続けてきた沖縄の民衆が見舞われている戦争不安 は韓国の人々が向き合う朝鮮半島戦争の危機の恐怖と変 わらない。

両国の社会運動は相互の主体的な企画を通じて、他 の国の運動の悩みや大衆の情緒を参考に、実践を立体化 しないといけない。自国の基準で他国を評価せず、お互 いが向かっている情勢やイデオロギー的・文化的な差を 発見し、それを自国の実情に合わせて「翻訳」する契機 にしなければならない。現時点では、大衆運動だけがこ れを推進する主体となりうる。つまり、自己同一性の亀 裂を組織する社会運動実践が必要である。私たちはそれ を「東アジア国際連帯」、「労働者運動の国際主義的実践」 と呼ぶことができる。

上からの東アジア

東アジアの国際連帯は簡単な課題ではない。何よりも、 東アジアを取り囲む歴史的・国際政治的に入り乱れた様 相と軍事的な脅威がそれをより困難にさせている。朝鮮 半島問題だけでも、総体的な難局である。アメリカは中 国の浮上を予防的に封鎖するために日米同盟を強化し、 アジア―太平洋地域の米軍駐留を強化するなど「アジア への回帰(Pivot to Asia )」戦略を展開してきた。これは、 米中間軍備競争に繋がり、朝鮮半島や南シナ海での対立 を引き起こした。さらに最近、北朝鮮が核兵器開発を実 現し、核兵器保有国としての地位や体制からの認定を引き出そうとしていることにより、両国のチキンゲームは 悪無限を繰り返している。韓国政府さえ、北朝鮮の核を 根拠としてTHAAD配置を強行し、中国との対立が先 鋭化した。このような条件は、東アジアの民衆が「平和権」 に基づいて事態を直視することを困難にしている。他国 民に対する憎しみをむき出しにしたり、戦術核の再配備 を支持したり、北朝鮮に対する先制攻撃に賛成するなど、 世論を悪い方向への進ませる一助になるだけだ。

各国政府や資本による上からの企図はかなり可視的だ。 資本は安い労働力のために中国や東南アジアに移動して いて、各国は同床異夢の中で「上からの東アジア」を 願っている。このように東アジアという視野が支配階級 により独占されている状況では、連携を構築したとして も、解放より支配の効果を生む危険性が高い。

二十世紀近代化の過程で経験した歴史的な葛藤と、こ れによる自民族中心主義は、民衆間の連帯を困難にさせ る。東アジア諸国は、国際法より西欧列強に強制された 不平等条約によって植民地化されたため、歪曲された国 民国家への移行を経験してきた。朝鮮半島と東南アジア は植民地、中国は半植民地、日本は帝国主義の道を歩 み、冷戦期には戦犯国と分断国家になった。つまり、国 民国家中心の東アジア地域主義ではなく、社会運動的国際連帯を発展させなければ、代案世界化運動( alter globalization movement )の地域的な見通しを導出する ことはできない。

何をなすべきか

資本のグローバル化に対抗し、東アジアの次元での 抵抗の枠組みが必要である。覇権的アジアではない民主 的なアジア、資本のアジアではなく、社会的アジアとし て抵抗的な再構成をしようということである。労働運動が 自国の問題に閉じこもるのではなく、汎アジア的次元の 労働規範と社会規約を設けるため、国境を越えた実践の ために力を合わせるべき時なのだ。二十一世紀以降、ア ジア民衆運動の次元では、微弱ながらさまざまな試みが あった。二〇〇四年にインドのムンバイで開催された世 界社会フォーラム以降、大陸別に国際連帯が試みられた。 アジアでは同じく二〇〇四年六月「アジア民衆・社会運 動ソウル会議」が開催された。ここで発表された共同声 明は「アジア民衆・社会運動は、世界経済フォーラムと 新自由主義、戦争に反対するために集まった」という文 章から始まる。韓国の民主労総(全国民主労働組合総連 盟)も、もちろん東アジアの国際連帯を無視はしなかっ た。二〇〇五年に香港で開かれた世界貿易機関(WTO)閣僚会議に対抗して遠征闘争が行われ、それは後に香港 職工会連盟との連帯が強化されるきっかけになった。

東アジアの連帯を強化するためには、根気強さととも に実践的なアプローチが必要である。共同の議題を設け、 アジア労働・社会運動の教育・交流を通じて社会運動能 力を強化しなければならない。具体的には、東アジア社 会運動ネットワークの構築を目標として立ち上げ、意識 的な努力を強化しないといけない。

移民労働者運動も、より強化されなければならない。 東アジアでは、韓国と日本、台湾などは移民労働者流入 国として、徐々により多くの中国及び東南アジア出身の 労働者たちが移住してきている。この内七割が、製造業、 サービス業、建設業など労働組合運動の包括範囲に分布 しており、流入国で行われる移民労働者運動に注目し、 労働者の「移住」に大陸的次元で注目しなければならな い。さらに、海外に進出した自国企業が雇用した労働者 を媒体にした国際連帯も模索しなければいけない。

なによりも短期的な難点を乗り越え、コミュニケー ションを高めるために、アジアの社会運動の次元からの 代替メディアが必要である。各国の状況と運動を理解し、 翻訳することは交流と連帯のための前提条件だからだ。 それにより、定期的なネットワークと共同行動を提起し、労働者運動だけではなく、平和運動や環境運動など東ア ジアが直面している矛盾に抵抗する、さまざまな社会運 動の関係を拡大することができる。例えば、アジアの反 戦・平和活動家たちがソウルに集まり、アジア社会運動 平和フォーラムを開き、朝鮮半島戦争危機に立ち向かう 共同行動の日を組織し、実行に至れば、既存の知識人中 心の実践を大衆的に拡大できる。中長期的には、東アジ ア中の国境を越えた資本の搾取に立ち向かうアジア労働 者の連帯や共同闘争も模索しなければならない。

韓・日の連帯はどの道に進むべきか

福島の汚染水放流が決定された時、日本の普通の市民 たちや韓国の社会運動は、いくらでも共同声明を出すこ ともできたかもしれない。不幸なことに、この時期、韓 国の「反日民族主義」社会運動グループがひたすら「反 日」の話題に頼った炎上戦略に没頭したことで、両国の 社会運動は国際連帯を図る政治的な空間を確保すること に失敗した。

もちろん、最近の両国の社会運動は歩み寄れないとい うだけではなかった。例えば、韓国金属労働組合傘下AG C株式会社支部の会(AGC株式会社の韓国法人工場)や韓国サンケン支部の会(サンケン電気株式会社の韓国 法人工場)労働者たちが不法派遣や不公正な労働慣行、 閉鎖に対抗して闘争している間、日本労働運動陣営は見 て見ぬふりをせず、一緒に闘争した。このような点は韓 国の労働運動において幅広く知られ、日本の労働者たち が両国間の漸増する反感にもかかわらず、「労働者は一 つ」という真実を実践で証明したように思われる。

韓国の社会運動で、日韓関係や連帯を考えるときは通 常、「韓国から見る日本市民社会運動の限界」に対する 話に偏ってしまう傾向がある。しかし、それは問題を外 部化し、言い訳を作り、根本的な省察を妨げる場合もあ る。だからこそ、両国の社会運動は皮相的、一方的な支 援やフォローだけではなく、相互的な議論と、より常時 的な状況共有を通じて共通の認識を拡大する必要がある。

AGC株式会社韓国法人工 場の非正規労働者支部の 会の組合員が2月26日、 日本AGC株式会社関西工 場尼崎事業所の前で行っ た、不当解雇を訴える宣 伝戦の様子。(写真:韓国 金属組合AGC株式会社支 部の会)
AGC株式会社韓国法人工 場の非正規労働者支部の 会の組合員が2月26日、 日本AGC株式会社関西工 場尼崎事業所の前で行っ た、不当解雇を訴える宣 伝戦の様子。(写真:韓国 金属組合AGC株式会社支 部の会)

この間、韓国の市民・社会運動は日本と連帯事業を行 う場合は、日本と比べ相対的に消極的で、さらに「一回 的」なイベントにとどまる傾向が強かった。それは、韓 国社会運動の閉鎖性や一国主義的な性格に起因する。日 本の市民社会は「韓国を支援するために」さまざまな努 力をしてきたが、十分に応えたのかを考えてみると、肯 定的には評価しがたい。

単にさまざまなイベントの継続的な開催を決意するだけでは、既存の慣性を乗り越えることはできない。年中 交流事業の一環として日本に行った活動家には、しばら くの間感興を残すが、それが全組織的に共有されず、組 織全体の問題意識を高めることはできなかった。交流が できたとしても、単に「交流ができてよかった」だけで 終わるのは困る。問題意識や共同実践がより幅広く共有 されなければならない。日韓市民連帯を中長期的に担保 する、より具体的な戦略を立ち上げ、両国市民連帯間の 交流や連携を媒体する空間を作らなければならない。つ まり、国際連帯事業を企画し、持続的に連携し、両国の 社会運動の悩みや両国社会の情勢を具体的に伝えて解析 できる開放的なオンライン/オフライン「促進センター (facilitator )」が必要である。

「促進センター」というアイデアは、日常的な市民教育 の空間であり、ある種のメディアにもなることができる。 しばらくの間、遠い各国運動の国際連帯戦略を補完し、 媒介する役割をし、市民教育の直接・間接的な資源を生 産して伝播しなければならない。市民教育が歴史問題を 基本として扱うこともできるが、両国の市民社会に対す る幅広い理解ももちろん共有できる。例えば、最近、日 本で移民労働者たちの労働権問題が提起されており、こ れは韓国が抱えている問題と似た点を共有している。このような点を共有し、移民労働者運動の実践や展望を共 有するだけでも、多くのことを考えることができるよう になる。

お互いの現況をより活発に交換することから始めよう。 そして、ある事柄について、ある時に、韓国と日本の社 会運動が共同の意見を導き出すということから立場を明 らかにしよう。このような実践が両国の社会を質的に進 歩させ、現実の矛盾を阻止する良い出発点になるのであ る。✊

洪明教(ホン・ミョンギョ): 韓国の高麗大学学生会の運動を通じて社会運 動を始める。韓国芸術総合大学映画科演出専 攻卒業。全国金属労働組合・サムスン電子サー ビス支部の会で教育宣伝委員として常勤活動。 社会運動雑誌『오늘보다(todayboda)』の編集 長。2018−2019年、中国北京、香港などで現 地社会運動家たちと交流。現在、社会運動団体 「Platform.c」(platformc.kr)で常勤活動中。 著書:『幽霊、世界に向かって拳を伸ばす』・『消 えた私の中国の友達へ』・『香港は燃えているか』